「余白の音」に耳を澄ませて。

珈琲とからだ、ときどき言葉

自分が見ている風景は、世界のほんの一面でしかない。

 自分が今感じたものは、今の自分の感度の上でしか成り立たない。そこが少しでも変化すれば、あれは一体何だったんだろうってくらい、まったく違ったものに見えてしまう。目標としているコーヒー豆の味わいが、当初理解していたものから少しずつ変化しているように感じるのは、そういうことなんだろうと思う。

 今、自分の目に映る世界が、目の前に広がる世界のすべてのように思うし、それ以外の世界になんてこれっぽっちも思い至らないけど(だって”見えてない”んだもん。気づくわけがない。幽霊と同じ)、でもそれは常に世界のほんの一面でしかないことを戒めておかなきゃなって思う。



味覚から嗅覚への切り替わり、香りの立ち上がり。
 目標としているコーヒー豆に当初感じていた「なめらかでしっとりとした弾力のある液体」に、少しでも近づけたんじゃなかろうかなんて思い始めた頃に、実物はここまで重くなくて思っていたよりもさらっとしていたんだなぁ、なんてことに初めて気づいた。

 今は、アタックはなめらかだけどさらっとしていて、アフターにかけて酸味がほどよく露出し、上昇気流のように立ち上がる香りで終わる印象だけど、それもこれから先また変わるかもしれない。で、この味覚から嗅覚への切り替えを自分のカップからは感じないなぁというのが、ひとまずの課題だ。

 現状、ハゼを受けて減圧をしているのだけど、DTを短くしても長くしても、そんな立ち上がりは感じないことから、ハゼでの減圧が問題なのだと仮定して、ガス圧を下げずにそのままフィニッシュを迎えてみた結果、香りの立ち上がりを確認できた。香りの立ち上がりを生むには必要十分な熱量が必要であることがわかった。ハゼのタイミングで、熱量が低いと味覚重視、熱量が高くなるほど嗅覚重視という傾向になりそう。

 その一方で、これまでも感じていたことだけど、繊維質な印象が目立ってきた。


繊維質が抜けない。
 これまでのカップにも生木、乾いた木の皮、ピーナッツの皮、繊維質の印象があることが気になっていた。乾いて焼けてしまっている状態とは違って、どちらかというと”しっとり”とした印象だったことから、乾煎りが十分にできていないのではないかと思った。そこで、白んだタイミングで昇圧したりRORが上昇に転ずるタイミングで昇圧したり、調整をしてきたが、繊維質の印象ははっきりと感じなくなったものの濁ったようなカップになってしまった。逆に言えば、濁ったがゆえに見えなくなっているんじゃないかとも思っていた。

 そこで以前、繊維質になるのはデベロップメントが足りないんじゃないかと言われたことを思い出した。その当時は、DTを伸ばすことで、甘さが消え酸味が露出し更にはざらつきまで感じることがあったので、DTを伸ばすという選択肢は考えられず試すことはなかったが、今回、それを試してみようと思った。よくよく考えてみれば、繊維質の原因として水分を挙げていたので、焙煎中最大の蒸発タイミングであるハゼ以降に、適度に乾煎りをすることで繊維質をなくすことができるというのは、納得感もあった。

 香りの立ち上がりを維持しつつ繊維質をなくすために、ハゼが終わってから減圧して、乾煎りの状態を作ってあげた結果、繊維質の印象がなくなっていた。そして思いがけず嬉しいことに、自分のコーヒーに色がついてくれたのだ。


コーヒーの味わいに色がない。色ガラスの色がとても薄く満足感がない。
 これまでいろいろとやってみたけど全く改善してくれなかったのが、コーヒーに色がつかないこと。簡単に言えば「薄い」ってことなんだけど、抽出する濃度は関係がないし、煎り度合いとも関係がなくて、もちろん実際のコーヒーの色のことでもない。よく色ガラスを例にするんだけど、その色ガラスの色が薄くて、飲んだときに満足感がない感じ。それはもう、これではコーヒーと呼んではいけないんじゃないかと思うほどで、どうしたらいいか悩んでた。それに、色ガラスの色を濃くしたいけど、塗りつぶしたくはない。白んだタイミングや乾燥したタイミングで昇圧してみたけど、何をやっても濁ることにしかならなかった。

 それがハゼ終わりに減圧した中にしばらく置いておくことで、色ガラスに色がついた。もちろんやりすぎれば、色ガラスの色がどんどん濃くなっていくので注意しなきゃいけないけど、これまでのゾロっとした舌触りの濁りとは全く違った印象で、美味しいビター感も伴っていて、とても嬉しい。まさに棚ぼたである。



 こうやって整理してみると、焙煎というのはハゼが終わってから始まるのかなと思う。それまでは下処理のようなものなのかもしれない。生豆本来の味わいとか、生豆の個性を消さないようにとか、焙煎由来の香りをつけないようにとか…そういうことを意識していると焼き付けてしまわないようにハゼまでで焙煎を終わりにしなきゃという意識が強くなって、ハゼ以降に目を向けられなかった。だけど、自分のコーヒーに色がついたことで、ハゼ以降に興味が湧いてきた。

 今回のこの3つの変化は、今のボクの目には、目標に大きく近づく1歩のように感じる。これを整えていく過程で、もしかすると「あれ?ちょっと違う?」なんてことも、これまで同様にあり得るけど、やっと大きなハードルを一個超えられたかなと思う。コーヒーになってないと感じていたものがコーヒーになった感じがあって、とても嬉しくなる。